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Netflixドラマ『新聞記者』レビュー・批評・解説・ネタバレ

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2度目の挑戦

 安倍政権時、当時の菅官房長官と会見で激しいバトルをしていたことで有名な望月衣塑子記者によるエッセイ『新聞記者』の映画化の、さらにキャストを変更したドラマ化である。映画のほうでは、望月記者をモデルにした主人公を引き受ける女優がいなかった。内容も内容なだけに、政権と揉めかねない映画には芸能プロダクションも難色を示すのも仕方ない。最終的には、しがらみのない韓国出身の女優シム・ウンギョンが主役となったわけだが、つたない日本語で日本人新聞記者設定には少々無理があったのは否めない。とはいえ映画自体高い評価は得た。

 今回ドラマ化にあたって、藤井道人監督はインタビューで「映画版では僕の勉強不足や経験不足が露呈した部分があった。再びチャンスをもらえるならば、取材回数を増やし、もう一度勉強し直すことができる。」と語っている。

 

エンターテイメントにするために

 

社会に問うための事実に忠実なドキュメンタリーはNHKでもいい。Netflixであるべき理由は、NHKのドキュメンタリーなど見ない層にリーチする可能性を大いに持っているからだ。つまりはいかに森友学園問題という泥沼化した不正をエンターテイメントな次元に落とし込むか。“感傷的に描かれてすぎている”ことが社会・政治問題に疎い層までリーチするためには必要なものだったはずだ。感傷的に描かれすぎているというのは、森友学園問題に憤っている人たちからすれば、事実と違うと否定するのも最もである。綾野剛演じる村上真一の妻や子供がバックグラウンドとしてしつこく描かれるのも、村上真一という人物への同情というウェイトを増やすためには絶大な効果を発揮する。

 ただ、エンターテイメントに思いっきり振り切ると、恐らく総理も総理夫人も登場させただろう。しかし、肝心の総理・総理夫人は最後まで姿を表さない。メタファーでもなんでもなく、目に見えない、声も聞こえないまるで幽霊的に描かれたそれは、ドラマ全体に大きくて黒い影を落としている。

 

 

配役の妙

 映画の成功もあり、今回のドラマ版では実力派俳優が大勢顔を揃えている。特に事務所独立している米倉涼子は望月衣塑子と思われる人物を堂々と演じた。総理夫人付き秘書を綾野剛、中部財務局で改竄をさせられた官僚を吉岡秀隆、その妻役に寺島しのぶ、中部管理局統括官には田口トモロヲ名古屋地方検察庁の検事には大倉孝二、現実世界ではその実態についての情報がほとんどない内閣情報調査室完了は田中哲司、新聞記者の一人を演じる名脇役柄本時生、総理補佐官には佐野史郎、そして徹底した悪役を演じるのはユースケ・サンタマリア。新聞記者配達の二人を小野花梨横浜流星

 この豪華さには、まずエンターテイメントとして心が躍るような期待と、それを裏切らない演技の応酬に圧倒される。田中哲司や佐野四郎などのベテラン勢は、経験とセンス、その素晴らしい演技で、まずドラマ全体のフィールドを、高い次元で安定させる。板挟みにされる苦しい役をさせたら右に出るものはいない吉岡秀隆、そして最もこの映画で名を売ったのは小野花梨ではないか。この世代のリアリティが詰まっている。

 綾野剛のハイライトは、「家族4人で穏やかに過ごせれば、それが一番の幸せだから」と言う妻を見る、目である。まるで妻を睨むかのようなその目は、感情を堪えながら、何をするべきか、何をやめるべきか、何を守り、今日までの自分とどう決別するか、あらゆる葛藤を表現している。そして直後にあふれ出す彼の涙は、重い。

 ユースケ・サンタマリアの演じる悪役は、逆にリアリティとはかけ離れている。いかにもテレビドラマっぽい悪役である。どう考えたって、現実ではこういうポジションに太ったオッサンがいる。しかし、この悪役、すなわち豊田進次郎という人物設定が肝で、そもそも特定の人物を指していない。

豊田進次郎について

 情報を整理すると彼は内閣官房参与に就任しており、国からの事業を大量に請け負う巨大企業の会長、安倍元総理の本を出版し、オリンピック招致にも関わっており、AI助成金詐欺を行い、歌手に「歌手だからわからないだろう、勉強不足、政治的発言をするな」と発言したり、テレビに出てコメンテーターをしていたりと。

 ありとあらゆる、人物が融合されている。豊田進次郎自体は架空の人物だが、現実起きたことを統合し、脚色したものが豊田進次郎という人物である。とすれば、いかにもブレーン的な、黒幕的な見てくれの配役で誰かを連想させるよりも、ユースケ・サンタマリアというのには頷けるのである。

 ドラマの中で登場する事件や出来事について調べると何名かの人物名が上がってくる。誰と誰と誰を融合したのか。あなたがこれに興味を持ち調べるかどうか、ある意味このドラマの問いかけの一つでもある。

あくまでもフィクションという開き直り

 いまだに決着のつかない問題である森友学園問題について、政治の中で何が行われていたか、その真実はその当事者しかわからない。綾野剛の夫人付き秘書の村上真一に関しても、基本的には脚色である。彼を、善人にも悪人にも描きようはあるのだから。

 どこからどこまでが改竄や口利きや忖度への不本意な参加だったか、到底真実は語り尽くせない。

 さらには週刊文春が報じた内容によると、望月記者とプロデューサー河村氏から赤木雅子さんへ直接協力の連絡があったという。話し合いを重ねるうちに意見は食い違い、赤木雅子さんは「真実を歪めかねない、ドラマに協力はできない」と協力を断ったという。

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「それはもう間違いなく総理も国会議員も辞める」という象徴的な発言も登場し、誰もが忘れかけていた森友学園問題を改めて1から追っていくようなこのドラマ。アメリカ資本だからできたことだが、フィクションとはいえかなり攻めまくった内容である。いや、むしろありもしない空想物語ですと開き直った超政権批判である。ネット上では話題に上っていた情報操作、世論操作等の描写についても、新聞販売店の老夫婦のような人たちが見たら恐れ慄くだろう。我々はいかに盲目的で制限され抑圧されコントロールされているか?

松田康平が眠っている、最後に目を覚ますのは

 植物状態にある萩原聖人演じる松田康平。国家公務員の正義感からAI助成金詐欺を告発し、その後の待遇に苦しんだストレスで脳梗塞で倒れ、以後昏睡状態のままである。彼の存在は、自殺した鈴木和也と重なり、米倉涼子演じる松田杏奈のジャーナリズムの動機、バックグラウンドとなっている。さらに、綾野剛演じる村上真一との関係性をここまで丁寧に描くことで、告発した松田、いいなりのまま保身する村上、という対比構造を村上真一の葛藤をより同情的なものにしている。

 このドラマの裏で、ずっと眠っていた松田康平とはどう考えても“国民”というメタファーである。何度も何度も「国民のために仕事をする」とセリフが繰り返されるが、視聴者への呼びかけである。国民という言葉は、誰もが無関係でないという潜在的なメッセージであるし、そんなことを言うつもりがないのであれば、最後に松田康平が目を覚ます必要はないのである。

 数々の名作が立ち上がる市民という構図を鼓舞してきたが、なんとも日本らしい静かなるメタファーである。そういえばバットマンでこんなセリフがあった。

『善人が黙っていたら、街は崩壊する。』