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モノとポップカルチャー、それっぽく言ったりたまに爆ディス

サブカルチャー化する生カセットテープ市場(バブル化・高騰・希少・ブーム)

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生カセットテープとは?

“生カセットテープ”とは録音されていないサラの状態のカセットテープである。生カステラとか生プリンとか生ワインとか、なんでも生って付ければ極上ですプロモーションとは違って、ただ未使用ってだけなのだが、どっちかといえばガラケー時代にあった『白ロム』的な「白カセ」なんてほうが、個人的にはしっくりくるような。さらにコレクター目線でいえば生カセは包装すら開封されていない状態こそ生カセットテープである。

 さてこの新古品のカセットテープ市場がバブル化しており、ちょっと考えられないような値段で取引されている。

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世界的なアナログリバイバルが巻き起こっている

日本でも80年代から90年代前半くらいまでのリバイバルは、ファッションやインテリアにおいても熱を帯びてきていてる。昭和インテリアや、80年代当時はレギュラーアイテムだったアメカジを、今ヴィンテージとして取り入れたり、レトロスポーティ(80~90年代のNIKEADIDASのスポーツウェア)など、若い世代は特に80年代に関心が高い。アメリカでは80年代の日本車などが人気で、それまでスポーツセダンやクーペが中心だったが、デリカ スターワゴンなども注目されている。さらにはLO-FI HIP HOPと呼ばれるアナログ特有のノイズを含ませ、ヌジャベスやJ DILLAのような揺れるビートが特徴のトラックがトレンド化している。これについてはハイレゾ衰退について詳しく論じたい気分にもなるが話が脱線するのでいったん置いておいて。

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 あらゆるサブカルチャーで40年前がリバイバルされていて、ではオーディオ界隈では何が起こっているかと、気になるのはイギリスである。

 イギリスでは2020年のカセットテープの売り上げが2倍に跳ね上がったという。カセットテープで新譜を発売するアーティストが増え、デュア・リパ、カイリー・ミノーグザ・ストリーツのカセットテープがトップセラーとなっているのだ。これは2020年の話であるが、もう数年遡るときっかけになっているのではという映画とドラマがある。

 

 Netflixのオリジナルドラマで大ヒット代表作の『ストレンジャー・シングス』。このドラマはアメリカの80年代が舞台になっており、劇中で登場するカセットテープはアイコン的存在になっている。もうひとつ、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の主人公のピーターが亡き母から譲り受けたカセットテープ「オーサム・ミックス」が象徴的なアイテムとして登場する。2018年にはアメリカのカセットテープ販売数が前年比35%まで上昇している。ちなみにこの年にはテイラー・スイフトなどもカセットテープで新譜をリリースしている。

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音楽をモノで楽しむ世代

 今の20代は音楽をデータで手にし、簡単に大量に持ち運び、いつでも買える(もしくはストリーミングできる)時代に生まれている。新しい世代が味わったことのない古い価値観は、しばしば新しい価値観として再評価されリバイバルが巻き起こる。モノ消費からコト消費とはよく言ったのもので、LPやカセットテープのような純アナログなもの、音楽にモノとして向き合うことに価値を感じ、惹かれる。音楽を聞くことよりもその過程に趣味があるのだ。カセットテープは単なる記録媒体の枠を超え、まさにサブカルチャー化しているのである。

 

カセットテープの何が良いか。

 そういった若い世代の関心と80年代リバイバル、そして20khz問題を熱く語れるような古参オーディオファンとも違う、カセットテープを欲しがる層が存在する。それは、モノ大好き人間である。雑なネーミングは気にせず、どういう層かということを説明していくと、簡単に言えば『車と音楽が好きなら大体なんでも好き』な層である。このタイプは結局映画も好きだしアメトイも好きだしファッションも詳しい。そして関連するアイテム等々なんでも集めたがる。好きになったもの、気になったものへの追求が絶対に終わらないことが生きる理由である。彼らにとってカセットテープがモノとしていかに魅力的か?という議題こそ、記録媒体としていかに優れているかという議論よりも、カセットテープ熱に深く迫れるはずである。

80年代に共通する製品クオリティ競争

スペック市場主義時代

 車のCMで「5バルブ、DOHCエンジン、スーパストラットサスペンション搭載」のようなキャッチフレーズが多用されていたように、パワー競争が激化していた時代に消費者が求めるのはスペックの高さであった。どういった製品にも大体共通の価値観があって、カセットテープでさえ細かくスペックがあった。

 まずはノーマルポジション、ハイポジション、メタルテープと呼ばれるテープの種類である。順番に酸化鉄、コバルト+酸化鉄、合金、というように素材にスペックがあり、メタルテープはサビに強く高音質だった。今メタルテープが最も高価取引されるているのは当時のフラッグシップだったからである。

青天井の高級化

 カセットテープ市場がバブル期と関係あるかどうかはわからないが、車にしろ楽器にしろ日本はモノを作ることに全力だったし、高いクオリティを求めていたし、好景気で湯水のように沸いた開発費は、今じゃ考えられない贅沢や需要を考えていない奇抜なデザインやアイディアもどんどん製品化されていた。まず一つは、単純に廃盤だからという理由以外に、今では製品化されないコンセプトがあるからだろう。カセットテープでは特に現在プレミア化していて人気が高い2つのカセットテープがある。

 一つはオープンリールレコーダで有名な日本のティアック社のオープンリールスタイルのテープである。そのまんまオープンリールのような見た目のカッコ良さは随一である。こちらの初登場は1983年に登場したTEAC STUDIO Sのメタルテープ。翌年の84年にはノーマルポジションのSOUND、ハイポジションのCOBALT、そしてメタルのSTUDIO Gというラインナップを展開している。やはりそのカッコ良さもあり非常に人気で、ティアック社のカセットテープなら一本2万円を出す覚悟で探さないと手には入らない。

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 ちなみにその後ナショナルや東芝もオープンリールタイプを後発するが、ティアックよりも前の1981年にはトーレンス社がSUPER LHというカセットを発売されている。これがオープンリールタイプの元祖である。こちらは1本5000円〜程度でたまにヤフオクで見かけることができる。

 忘れてはならないプレミアカセットテープの王者として、SONYのSUPER METAL MASTERがある。それは1990年代半ば、MDの普及によってカセットテープは急激に衰退する直前の1993年に発売された。もともとSONYは『メタルマスター』というメタルテープを86年に発売していて、ダイキャストフレームにセラミックのハーフ(テープが入る容器の表と裏をそれぞれハーフと呼ぶ)という超高級仕様だった。SUPER METAL MASTERはMETAL MASTERのさらにアップデート版として登場した超超超高級カセットなのである。表裏セラミック、5層の磁性体(通常の高級メタルテープでも2層)を塗布しているなど、まさにカセットテープの究極完全体と言える。2017年頃の相場は¥10,000〜程度だったが2022年現在では2倍近くまで跳ね上がっている。

 

どちらが優れているか論争は無駄

 さて、集めたくなる理由とは別に、古くからカセットテープやLPレコードなどのアナログと、CDやデータなどのデジタルとでは、どちらが音が良いか問題でしばしば論争が巻き起こる。そこにSPレコードハイレゾまで巻き込んでくるともう最悪の泥沼戦争になってしまう。カセットテープを集め始めると必ずどこかで目の当たりにする論争なので言及しておきたい。

 まず、一言で言ってしまえばアナログとデジタルの音楽の楽しみ方は全く別物である。さらにカセットテープを集めることと音質を求めることも必ずしもリンクしない。つまり、この議論自体が非常に無駄だと記しておきたい。

 まず前提として、この議論は聞くまでの手間やインフラ等の過程が考慮されていないため、音質というただ一点に絞っていることである。そして、音質の良し悪しには、そもそも定義が無いという重大な欠陥もある。良いか悪いかは個人の聴感上でしかなく、レコーディングスタジオ、マイク、ミキサー、インターフェース、ケーブル、DAW、出来上がった音源を聞くためのアンプやスピーカー、聴く部屋、さらには耳で聞き取る能力は人それぞれ違う。こうして複雑にレイヤーされて耳から脳に伝達され意識が判断する良い音とはなんなのか?正確に結論を出そうとすると、究極に突き詰めることになり、最終的には哲学的な問題になるだろう。

 そういったレコーディング環境などは、同じ音源を同じ環境で再生すれば比べられなくもないのだが、音楽は非常に精神性が強いので(芸術なので当然だが)先入観や予備知識によって感覚は大いに左右される可能性がある。そもそも、一人で検証するのであればそれは客観的事実と言えるのか疑問だが。

 肝心なことは、アナログで聞くという過程を踏まえて楽しむのか、デジタルという利便性を活用して音楽を楽しむのかという違いだけである。そして、カセットテープを集めるという行為は、音楽を聞くという行為には必ずしも直結しないという矛盾もあるのだ。

 音楽を人の耳に届けるという歴史の中で、偉大な功績を挙げたカセットテープという物体そのものに魅せられているのであれば、音質はバックグラウンド(時代背景)として捉えるものなのである。

CSリリースされた作品は高騰するか?

下の画像はレディオヘッドディスコグラフィーWikipediaである。アルバムデータにはFOMARTSという項目があり、どの記憶媒体でリリースされたかという記載がある。

『パブロ・ハニー』の場合CD,CS,LPと記載があり、CDの他にカセットテープとLPレコードでもリリースされた記録がある。生カセットテープの市場は高騰するばかりで新参者にとっては手が出しにくい。逆に、当時カセットテープでリリースされていた作品についてはさほど高騰もしておらず割と数も出回っている。現在アメリカやイギリスのトップアーティストがカセットテープでリリースすることも珍しくない今、過去の作品が再発掘の対象となる日もそう遠く無いはずだ。

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