sugroupの考察したがりマンブログ

すぐに忘れてしまうから書いて覚える。

Johnny lghtningの歴史に詳しい記事無さそうだから俺やるわ

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1947年ジョニーライトニング初期

19691971 トッパートイズ社期

まず原点はHenry Orensteinヘンリー・オレンシュタインという発明家がジョニーライトニンの生みの親です。彼はアメリカに移住後、1947年に食料品店を開業します。その後は多くのおもちゃを開発し、Deluxe Readingというおもちゃ会社を立ち上げ、最高責任者になります。デラックスリーティングはスーパーマーケット向けのおもちゃを多く生産していて、ヘンリー自身が食料品店を開業した歴史に多く関係していると思います。このデラックスリーディングのグループ会社としてトッパー・トイズ社がありました。トッパーから1969年にリリースされたのがJohnny lghtningでした。1969年ジョニーライトニングがホットウィールのようなミニカーと、ホッウィールをも上回る速さを実現したトラックコースを発売しました。当時のモデルの金型では、前輪の車軸の下あたりに穴があり、コース上にあるレバーに連動した小さなフックに引っ掛け、コース横に設置されたレバーでカタパルト式(意味:ぱちんこ、射出機)で推進させるというもの。これによってミニカーに動力源を必要としないメリットと、遊ぶ上で、レバーを操作し続ければ永遠にトラックを回り続けるので『スキル』を必要とする遊びとして子供たちの人気を得ます。ホットウィールが速さを売りに人気を博していましたが、電動式や重力でミニカーを走らせるよりも、もっと画期的なものでした。当時のプロモーション映像を見ると、今でも通用しそうなギミックでホットウィールと並ぶミニカーだったのがわかりますね。

1971年にはジョニーライトニングは生産終了。これは後に起こる1973年のtopper Toys/Deluxe Reading の破産申請によるもの。理由は会社を一般公開する際のヘンリーの横領、詐欺で、有罪判決を受けたためです。こういった事件が起きる前まで、ホットウィールのマテル社は、革命的なおもちゃを開発していくヘンリーを止めるための会議まで開いていたそう! すでにヘンリーは100を超えるおもちゃに関する特許を持っていたらしく、もしこの破産がなければ、現在、ミニカー界の世界の頂点はホットウィールではなかったかもしれません。その後ヘンリーはマテルに並ぶ世界規模のトランスフォーマーやアメコミなどのおもちゃメーカーで有名な、ハズブロ社にいきました。

1973~1994年 この間はジョニーライトニングは生産されていない空白の期間です。

1994年 Playing Mantis復活

トム・ロウという起業家が設立したPlaying Mantis1987年創業で、カープラモデルキットを取り扱う、のAMT / Ertlなども取り扱っていた会社。トム・ロウ氏23年たった今、当時子供たちが遊んでいたジョニーライトニングブランドの復活に魅了されると確信を持っていて、よりハイクオリティでリアリティ志向の強いミニカーとして再販に取り掛かりました。ジョニーライトニングの商標権を獲得し、1994年から2004年までジョニーライトニングを取り扱っていた。ホワイトライトニングというチェイスカー(レアモデル)なども業界初として展開し、他の企業もこぞってレアモデルの企画に乗り出すきっかけともなっています。マッスルカーのリアリティなモデル化も、たくさんのコレクターたちを刺激しミニカーをコレクターアイテムといった市場を作るのにも大きく貢献しています。

2004 RC2社時代

そして1997年にトム・ロウが設立したPlaying Mantis社などが買収され、2005年に、RC2社の元で販売継続。Playing Mantis社はその後Round2と社名を変更。AMT/ErtlRC社が買収したあとなので、ジョニーライトニング、レーシングチャンピオン、AMT/Ertlを取り扱う、車のおもちゃの会社としてはかなり大きな会社として存在していました。ちなみにAMTはもともとプラモデルキット会社で、それを小スケールダイキャストモデル会社だったErtlが買収しAMT/Ertlとなっています。それをレーシングチャンピン社が買収しレーシングチャンピオンErtl社となり、そして元RC社ということになります。Ertlもリアリティ志向のダイキャストモデルを生産しています。この会社では後に、Auto Worldの商標権を獲得し、Auto Worldの企画・販売も行ってます。
ということで、トム・ロウという起業家のビジネス長けた能力と、ダイキャストモデルへの造詣の深さによって、たくさんのミニカーブランドが影響しあい今のミニカー界が作られているとわかりますね。トミカホットウィールもミニカー界にとって大きな一部分ですが、歴史を紐解いてみると意外な関連性を感じて、集めてみたくなりますよね。

2011年 TOMY


さて、きました。ヤフオクなどでたまに見る、TOMYロゴの入ったジョニーライトニングに違和感を覚えたことはないですか?実は2011年にTOMYRC2530億円で買収しました。これでTOMYはミニカー以外のおもちゃも含めると世界トップクラスのグローバル企業となりました。先ほど出てきたマテル社と並ぶ世界規模のハズブロ社ともトランスフォーマーなどで業務提携をしています。TOMYとしてジョニーライトニングは販売も続けるも、TOMY2013年にジョニーライトニングブランドの中止を発表。市場から姿を消したのは2度目となります。製造費削減のためにプラスチックのベースプレートなどを採用したことが、直接の原因かはわかりませんが、2000年代のコレクターズミニカーバブルが終息したことも原因にあるでしょう。

2016 1月 Round2

 

2014年頃から日本でも見かけるようになったAuto Worldに本腰を入れていたRound2社が再びジョニーライトニングブランドを復活させます。Round2社はトム・ロウが社長、設立したグッズ販売やおもちゃ専門店などの会社で、94年~のPlaying Mantisの元オーナー。ちなみにジョニーライトニングブランドの権利は現在もTOMYが持っていますが、Playing Mantis時代のコアマーケティングとデザインチームなどを再びチームを組みジョニーライトニング再生へ向けて動きだします。そしてジョニーライトニングは全盛期と変わらない形で20161月に2度目の復活を果たしました。なによりもグッとくるのが、現在はRound2社による生産ですが、パッケージにはかつてのPlaying Mantisのロゴが入っているんですよね。グッときます。

 

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