スグループ

モノとポップカルチャー、それっぽく言ったりたまに爆ディス

レプタイル -蜥蜴- 考察・レビュー・批評・ネタバレ

f:id:sugroup:20240108074824j:image

“眼差しで妊娠させる男”という異名を持つベニチオ・デル・トロ。今ではこんな表現も言葉狩りの対象となりそうで少し躊躇もあるが、久しぶりに見たベニチオ・デル・トロのその眼差しは、56歳の今も遺憾無く発揮されていて、その存在感だけで完走できた2時間と言っていいかもしれない。話は、一件の殺人事件を追う刑事が、自分の身の回りまで侵食していた組織犯罪を明らかにしていく、フィルム・ノアール・サスペンスである。秋の色調を用いた郊外で、含みを持つ目線で語るシニカルな男。ベニチオ・デル・トロのパフォーマンスを最大限活用するにはこの上ない役柄である。たとえ脚本自体はB級だったとしても、それなりの作品に昇華させる。おんぶに抱っことは言わないが、ベニチオ・デル・トロが作品の評価を一定水準まで持ち上げたのは間違いない。監督はグラント・シンガー。ミュージックビデオで実績を持ち、今回が長編映画デビューである。明らかにデビット・フィンチャードゥニ・ヴィルヌーヴの洗練されたノアールスタイルに手を出している。

f:id:sugroup:20240108074831j:image

 

 

劇中で起こる暴力的なシークエンスは、カメラの外で起こる。実際に殺害される様が映し出されるよりも、よっぽどインパクトがあり不気味だ。この映画全体を覆う不気味さに病みつきになれる人は『プリズナーズ』や『ゾディアック』もフェイバリットムービーに違いない。例えば夜遅くにインターホンが鳴ったり、山道をずっと付いてくるヘッドライトがいたり、そういった不気味と、どこかに潜んでいる危険。『裏切りのサーカス』ほどではないが、どの建物も同じような建築様式を共有していて人物がどこにいるかわかりにくかったり、インパクトのある音楽の導入や、複雑に縫い合わされたプロット。これらは観客を誤解させ混乱させる“ねじれ”を生むための意図的なものだ。例えば『——33回刺されていた』は、猟奇的殺人・精神疾患、あるいは深い憎悪か、とミスリードする。この映画に登場する誰もがいくつかの秘密を隠していて、何かに関与している。あるいは凶悪な犯罪を犯す機会を待っている。このように、ずっしりと重く時間を使うが全貌が明らかになるにつれ、盛り上がりに欠けていく。どうも明らかになる謎はフィルム・ノアールとしてはチープで、それは有罪者側の笑えるほど滑稽な不注意で明らかになってしまう。謎が意図したようにまとまらないのは、先人たちの様々な伝統的手法をパスティーシュするはずが、パロディになってしまった例に近い。であれば、『レプタイル -蜥蜴-』は、ノアール・サスペンスとして伝統的なフーダニット(whodunit)を採用したほうが、よっぽど面白い映画になったのではないか。