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Netflix配信『空白』批評・レビュー・解説/それぞれの折り合いの付け方

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まだ言葉にできていないこと

2021年9月に映画公開された吉田恵輔監督による『空白』——

年が明けた2022年1月23日、Netflixにて公開されると再び話題になり、ランキング上位をキープしている。音楽、詩、小説などの芸術作品が人の心に刺さる時は、必ず「自分がまだ言葉にできていないこと」が表現されているという共通点がある。表現者は、文化、仕来り、慣例、歴史、社会性などのあらゆる側面がレイヤー化され、複合的に発生しているそれを、市井の一般人に代わって形にしてくれる。

 では、この映画で表現された我々が言葉にできていないこととは何か?

“折り合いのつけ方”である。

古田新太演じる添田が、最後につぶやく“みんなどうやって折り合いつけるのかな”という台詞は、この映画の象徴的な台詞である。おそらく、大人になれば誰しもが経験してきた煮え切らないこと、まるで心にモヤがかかったような理性では答えの出せない問題に打ちひしがれた経験を表現してくれていた。同時に、この映画の登場人物それぞれの物語のどこを見るかというピンポイントな答えでもある。

空白の時間

 登場人物の誰もが『どこで折り合いをつけるか?』に葛藤している。教師の趣里演じる今井若菜は、美術室に置きっぱなしだった花音の絵を添田充に届けるシーンである。その前に彼女は、階段を前にして校長と同僚に向かって、自分が素直に感じていた善意を口にする。それは、スーパーの店頭の青柳直人が痴漢をしたことがあるというでっち上げで自分達へ向けられる怒りの矛先を、青柳になすりつけることで卑劣な折り合いの付け方を見せた校長同僚にとっては、煩わしい押し付けだった。

 野村麻純が演じる中山楓は、最初に花音を轢いてしまった罪悪感と、精一杯の謝罪も聞く耳を持ってもらえず、自殺という形で折り合いをつけてしまう。心苦しい状況に陥ってしまった彼女が起こした過失は、添田充にとってそれほど重要ではなかったため、彼女が出向いて謝罪を重ねることは添田充には押し付けだった。野村麻純は“心の弱い娘”と母が語るが、取り調べも謝罪のシーンも、とてつもなく感極まる演技だった。

 もっとも過失があるべきではないかと見れる、最後に跳ねて巻き込んだトラックの運転手は、停止してすぐトラックの下を見る態度は、ことの重大性を理解しているとは思えない。取り調べの時点で『しょうがなかった』程度で折り合いをつけている。

 寺島しのぶ演じる草加部麻子は、最も善意に溢れた人物だが、その押し付けが青柳を苦しめる。良き理解者でありたいし、助けてあげたいという表面的な言葉の裏には、頼られたい、自分の存在価値をどこかに見出したいという頑なな意思が見られる。彼女が未婚で田舎特有の社会性なのか、それはコンプレックスの裏返しのようにも見える。青柳を救うため使命感のようにチラシ配りをしたり、口を出したりするが、何もかもが裏目に出ることで、最後は自分を嫌いになることでこの出来事に折り合いをつけた。

 片岡礼子演じる中山緑は自己を起こし自殺した楓の母である。楓の葬式で添田充と対面した時の演技はとてつもない。『事故を起こした責任をこんな形で逃げ出してしまって申し訳ありません。心の弱い娘に育てた娘の責任です。』中山緑は添田充が全く思いつかなかった考え方で添田充の心情を変えるきっかけをつくる。彼女の折り合いの付け方は、形式上である。突然の娘との別れには当然、簡単には折り合いがつかない。実は添田充と共通するのは中山緑の折り合いの付け方である。それは時間だ。

 ここまでに出てきた登場人物は、事故が起きてから折り合いがつくまで、何も進まなかった。人生は止まったまま前に進むこともなく、苦しみ、違和感、責任感、罪悪感に苛まれながら過ごしている時間は、まさに空白の時間である。どんなふうに折り合いがついても、彼らは前に進んでいない。

 

空白の未来

 添田は、時間がたちラストで青柳に『冷静にはなったがまだ心のモヤが晴れない。時間が必要』と話す。折り合いをつけるには長い時間が必要だと。これは、なんとも大人な決着であるが、無論我々も時間が解決するという使い古された言葉には共感を抱きながら日々生きている。

 青柳は、焼き鳥弁当が好きだったと思わぬ言葉をかけられ、ほんの少しだけ肩の荷が降りたようだった。しかし、あらゆるものを失い、この先もずっと思い出し、もう一度立ち上がっていけるのか。弁当屋という言葉は、いつの日か青柳が自分の人生を歩み出す未来を象徴するような言葉だ。その時に折り合いがついたと言えるのか。

そしてそれはどれだけの時間がかかり、それはいつ始まり、いつ終わるのか。空白なのである。