スグループ

モノとポップカルチャー、それっぽく言ったりたまに爆ディス

洗濯機で枕を簡単に洗えると思った誰かへ贈るポエム。

f:id:sugroup:20180911173701j:image

 

あの日は過去最高気温の記録を各地で塗り替えるほど猛烈な酷暑だった。2018年8月。その夏の良かったところと言えば、洗濯物がパリッパリに乾くことくらいだ。敷布団や、7月に買ったばかりの枕は天日干しを頻繁にして、直射日光最大出力の寝具ライフを送っていた。

9月上旬、ようやく残暑の影も潜め、雨の日が続いている。そろそろクーラーも付けず眠りにつける夜が来た。窓から微かに入り込む、穏やかな風を感じならが眠りについた。どうやら夜中から雨が降ったようで、開けっ放しにした窓から室内に響く、トラックが雨を踏む音で目が覚めた。少し秋の匂いがした。ここ一週間は雨が続いていて枕の天日干しもできていない。過ごしやすくなったとはいえ、ジメジメとした空気は相変わらずだ。ふと、枕は洗濯機で洗えるのだろうか、と考えた。目覚めたばかり、半ば寝ぼけた状態で枕の洗濯表示マークを見てみる。マークの意味をネットで調べると、どうやら洗えるみたいだ。

 

“なんだ、洗えるんだ”

 

この時を振り返り今はこう思う。

寝起きと同時に枕を洗濯機に放り投げスタートボタンを押す。はたせるかな、一抹の不安はおおよそ10分後に姿を見せる。あの時、まずは顔を洗い、歯を磨き、朝ごはんを食べ、考え疑うべきだったんだ。枕は洗濯機で本当に洗えるのか、とーー

 

<すすぎ>の段階で、異変に気がついた。それは洗濯機から出る音として聞いたことのない音。去年の夏の終わりに、親友と行く当ての無いドライブをした。数時間走り続けた末にたどり着いた、飲み込まれそうで真っ黒な波が打つ九十九里浜。あの時僕ら二人は、波が黒すぎることに驚いていて、荒れた波を眺め“飲み込まれそうだ”と呟いた。肌に纏わりつくベタベタとした潮風に背中を押されるようにして、10分足らずで立ち去った。洗濯機から鳴る異音は、あの荒波を思い出させた。木箱に小豆を入れて動かしたら、波の音がする。それは簡単なギミックだが、フォーリー・アーティストという存在の認知として一役買った。まるで関係性の無い物同士が、アイディア次第で同じような音を鳴らす。耳の職人、卓越した類推能力が成せる技だ。それが、我が家の洗濯機の中で起きているという事実だ。洗濯機の蓋を開ければ、枕の袋は破れ、透明なビーズが雪化粧のように洗濯槽に溢れていた。自分の愚かさに憤慨する余裕もない、針の筵のような気分だ。

 

もうだめだと思ったね、取り除けても、どこか内部のほうへ入ってしまっている分は、どうしようもない。詰まってオシャカさ、不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったんだよ、と言い聞かせる他なかったよ。自分の行いを恨んでも、保障するのは自分さ、運のせいにしてごまかしたんだーー

 

「洗濯機 枕」と検索ボックスに打ち込むと、まず予備候補に出てくるのは「破裂」「故障」。検索ワードの候補は、検索件数が多いほど上位表示されるはずだし、即ち「方法」「やり方」は調べずに失敗しているようだ。同じ愚か者が世の中に多く存在する。「やってしまった」と気づいた頃に、多くは最後の砦の番人、ベストアンサーに縋り付くようだ。論ずる余地もなく、自分も同じ括りである。

Webに覚え書きされた愚か者たちの経験談は実に虚しい。結論から言えば、買い換える以外に無い。至極当然、ネットに溢れた同じ愚か者たちの覚え書きは、なんとも力の無いものばかりだ。

天に召された洗濯機は、4年前に購入した。洗濯機の寿命は平均8年と言われている。2018現在、人間の平均寿命は約80歳であることから、言い換えれば40歳程度で亡くなった、ということになる。働き盛りで、若すぎる死。

業者に頼んで、洗濯機ごと分解し修理することもできるようだが、3万円程度かかるらしい。そもそも3万円程度の洗濯機だ。治ったとしてもここから8年も生きるのか怪しいところ。多額な延命処置を業者にお願いすることは、できなかった。理屈だけで洗いきれない選択は、新しい洗濯機が居座る輝かしい光景にすすがれ、心の排水溝へと脱水されていく。それから2時間後。私は今、家電量販店にいる。洗濯機売り場の近くにある丸いテーブルで、担当のお姉さんと話している。配送の日程や、配送料、運び入れるマンションの動線などの確認だ。

 

「古い洗濯機はどうされますか?」

 

その刹那、息絶えた洗濯機の姿が頭に浮かび、あいつが4年前、新しい洗濯機として運び込まれた日のことを思い出した。あの時は極小のワンルームに住んでいた。上京して夢を追っていた自分にとって、東京の街を、部屋の延長にするかのように楽しんでいた。ある日、洗濯機の下に潜り込んだタオルがモーターに絡まり白煙が上がった。急いで電源を切ったが、もう動くことはなかった。そうして、おそらく東京で一番安い洗濯機があの部屋にやってきたのが4年前。ちょうど、数年間苦しむことになる大きな出来事があった時期だった。この4年間は自分にとってどんな時間だったろう。そんなことも考えてしまった。

一ヶ月ほど前に、自分の人生で大きな選択をしたところだ。それは夢を追うことを諦め、自分の人生に折り合いをつける、ということ。何故だろう、人生に何かあると洗濯機が壊れる。変なジンクスを持ちたくない。次の洗濯機はいつ壊れるだろう。その時、自分はどんな選択を迫られているのだろう。

——————————————————

※2023 5月 追記

あれから5年...

2018年の出来事をブログに記してから、5年の月日が経った。あの時やってきた新しい洗濯機も6年目を迎えた。いまだ壊れる様子は無く、元気に仕事している。人生に、さほど大きな出来事もない。でも、不安や決断は音もなく突然降りかかることを知っている。大抵、準備も用意もできていない時に降りかかるから、人は悩む。雨に打たれる洗濯物と何ら変わりはない。