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Netflix『隔たる世界の二人』レビュー 考察と盗作疑惑 ネタバレ・批評

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Netflixにて公開された2020年の

SF短編映画『隔たる世界の二人』

(Tow Distant Starangers)

 

第93回アカデミー賞で短編実写映画賞を受賞したことで、日本でも話題になりつつある『隔たる世界の二人』。『パームスプリングス』(2021)、オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014)などのようにタイムループギミックを利用し、現代社会の最も差し迫った問題として、白人警官による黒人への暴力に内包された、交わる事ない境界線を表現している。

 

イムループと人種差別問題

人種差別問題は映画の歴史の中で何度もテーマにされているが、この『隔たる世界の二人』で特徴的なのは、画面の中で起きている出来事についてはそれほど重要でなく、それが何を意味するか?である。タイムループSFと聞けば、過去に戻り運命を変えようとするバタフライ・エフェクト』(2004)を思い起こす方も多いはずだ。受動的だった運命というものは、自ら選択してきた世界線に上に起こる悲劇だと、*バタフライ効果を巧みに具現化した名作として知られるが、それとは少し構造が違う。何度も同じ夢を見る、何度も殺される、ただ家に帰りたいだけ。

まずは、この単純な構造は人種差別される側が日々何を思って生きているか?という強調された比喩である。毎日目覚めた瞬間から、いつ理不尽に暴力に合ってもおかしくない。差別されない側の人間にも、普遍的な方法で恐怖心を追体験させることに成功している。そして、本人が意図しなかった制御不能な不幸は、こうして理不尽に繰り返されているということ。バージョン99まで繰り返されることが、特定の状況下や一部の話でなはく社会全体で起きている大きな問題として強調されている。最後のシーン、結末と言えば結末だが、ネタバレでも何でもない起こるべくして起こる結果である。最終的に、警官は『名演だったな、だが話を聞いてやるのは今回だけだ』と言い、最初から決まっていたと言わんばかりに躊躇いなくカーターを撃ち殺す。殺す理由を語らない。意味などないからだ。誰であるか、何者であるかなどどうでもいい。ただ目の前にいた、怪しいと自分が感じた人物が、黒人だった、それだけである。法や秩序、正義のための行いが不幸にも生んでしまった悲劇であるという主張は、白人警官側の建前や綺麗事であり、実際はそのほとんどが無意味かつ衝動的な動機であること、そして差別される側にとってそれは、それがとんでもない理不尽な結果として映る。そんな無意味さ、理不尽さを正直に曝け出したこの瞬間は、違う世界に暮らす二人の境界線を越えた瞬間である。

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盗作疑惑が浮上する?

 

 

 

シンシア・カオ(Cynthia Kao)という短編映画監督がTikTokにて抗議した内容が注目を集めている。彼女は2016年にYoutubeで『Groundhog Day For Black Man』を公開しておりこの内容は『隔たる世界の二人』と瓜二つな内容だと言う。ことの発端は、彼女のもとにNowThis Newsというニュースメディアから2020年に接触があったこと。当時#Black Lives Matterが社会現象になっていた時期で、話題性のためにNow This Newsはこの短編映画作品を拡散したいという許可を求めた内容だったと言う。その中には使用する際、かならず彼女の名前をクレジットを与えると言う記載がメールにはあったようだ。2021年4月9日に『隔たる世界の二人』が公開された。この映画はNetflixとDirty Robber、NowThis、Six FeetOverという各企業と合同で制作されている。主張としてNetflixが自身のアイディアと酷似した映画が制作されたことは、NowThisが関わったことによる盗作であるということだ。実際に『隔たる世界の二人』にはNowThisはクレジットされているがシンシア・カオはクレジットされていない。これによって『隔たる世界の二人』は映画メディア系サイトで、一般レビュワーから盗作に関する底評価が増えている。しかしながら、プロットを著作物として捉えるかどうか、これには曖昧な現状がある。この記事でもいくつか例を出したようにタイムループというプロットは、映画史の中で幾度となく繰り返されてきた手法である。アイディアとして、タイムループの中に『人種差別問題定義』を含むか、ということで考えれば時系列的にも二次利用に見えなくもないが非常にグレーな問題である。