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モノとポップカルチャー、それっぽく言ったりたまに爆ディス

スリービルボードの結末は、ただただ穏やかだった

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2、3分もすればたちまち登場人物への印象がコロコロと変わっていく。意外な展開の連続。

見当違い、ちょっとしたボタンの掛け間違い、チグハグな連鎖が思いもよらない方向へ。

 

ミルドレッドは、その復讐心を見当違いな所へ手当たり次第に向け、手段を選ばない憎しみに囚われた女。邪魔になる存在は徹底的に潰す。イタズラした息子の同級生を金蹴りするほどだから、次第に同情できなくなってくる。

 

ウィルビー署長は、いかにも怠慢でダメな警察署長としか見えなかった。でも裏ではきちんと仕事していたし、被害者やミルドレッドのことを思っていたことがわかる。そして自らの余命を語ることなく気丈に振る舞い、最期にとった選択は彼の人柄ゆえだった。

 

 

ディクソン巡査は暴力的でレイシストで賢くない。なにかと感情的にことを運ぼうとする男。当たり前にあった警察官という職を失った時、自分は何者なのか、自問自答したのだろう。理不尽な仕打ちをした相手からも、跳ね返ってきたのは優しさだった。その時、横暴な彼とは違う、裏側の良心がはっきりと顔を見せた。

 

3枚の看板が設置されなければ、こういった登場人物の裏側は見れなかったかもしれないし、お互いがその姿を知ることはなかった。

 

途中、看板はただ酔っ払っただけの元夫に燃やされる。どんな対立者が隠れているのだろうか、そんな疑念も、実際は矛先の見当違いが引き起こしていただけで取るに足らない理由だった。

3人も同じように、掛け違い、履き違え、寄り道ばかりする。復讐に燃え、奮い立つように遅くなった正義心に燃え、また燃え尽きたものもいた。3枚の看板は、3人を象徴していた。

 

 

ディクソンとミルドレッドが終盤でブランコで話すシーン。期待させてすまない、ありがとう、と言葉を交わす。ディクソンの去り際、ミルドレッドの背後からのショット。

遠くに見える、3枚に並んだ看板。見えたのは丸焦げになっている裏側だった。

家からはずっと見えていたはずの景色なのに、俯瞰することはなく、ミルドレッドと看板はスクリーンの中でいつも近くにあった。丸焦げて傷ついたその姿を、ディクソンやウィルビー署長に重ね合わせ、ミルドレッドはやっと感じ取ったのだろう。見ていた姿と、見えなかった姿。知らなかった姿と、知っていたつもりだった姿。

 

多くの人が、電話のシーン、『俺も行こうか?』というセリフを待っていたと思う。

恐らく二人にとって彼を殺すか殺さないかは重要でなかったはずだ。

言葉にはせず、お互いの波長を感じ取り、顔を合わせたかった。

 

ラストの車のシーン。ディクソンは怪我の原因となった、彼女を恨んではいなかった。原因よりも、過程の中で知った、あのオレンジジュースの価値の方が何倍も大きい。彼はそれを、ロジカルに分析出来てはいないだろうが、彼なりの感覚で感じ取り変化をもたらしている。

 

この先、どこへ向かえば満たされるのかわからない二人が、流れる景色の中で拙い会話を交わす。緊張の糸を解すように、そして自分に言い聞かせるように、”道々考えればいい”とミルドレッドが言葉にした時、掛け違えてきたボタンがやっと掛け合ったような気がした。スリービルボードの結末は、人を殺しに行こうかと落ち合ったはずなに、劇中どの瞬間よりも穏やかな時の流れだった。